成田緑夢(スノボ)大怪我から復活!平昌パラ出場へ!きっかけは父親!?

先日、成田緑夢(なりた ぐりむ)さんがテレビに出演されていました。

大怪我をしてオリンピックへの夢を完全に絶たれたのにも関わらず、そこから気持ちを立て直して平昌パラリンピックへの出場を果たしました。

テレビ画面に映っていた成田緑夢さんのお顔がたくましく、人として男としてあまりにもかっこよすぎて、みなさんにもっともっと知って頂きたいなと思い、今日は成田緑夢さんをご紹介したいと思います。

↓こちら成田緑夢さんのプロモーションビデオです。ぜひ一度見てみて下さい!

素敵でしょ?

何だか胸が熱くなる。

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成田緑夢さんをwiki風にプロフィール紹介

まずは成田緑夢さんのプロフィールからご紹介します。

・名前:成田緑夢(なりた ぐりむ)

・生年月日:1994年2月1日

・年齢:24歳(2018年2月現在)

・出身:大阪市住之江区

・高校:上宮高等学校

・身長:173cm

・体重:63kg

・所属先:近畿医療専門学校

成田緑夢さんは、スノーボードコーチの成田隆史さんを父に持ち、2006年トリノ五輪に出場した成田童夢(どうむ)さんと今井メロさんの弟です。

童夢さんとメロさんは時々テレビに出演されてますね。

緑夢さんは、兄姉の2人とはまたちょっと違った毛色を感じます。

長野五輪ではスノーボードのデモンストレーターを務めるなど、小さなころから運動神経抜群で、それはオリンピックに出場した兄弟以上とも言われていました。

それが、2013年フリースタイルスキー・ハーフパイプ世界ジュニア選手権で優勝したその直後、トランポリンの練習中に起きた事故で左足に大怪我を負い、障害者になってしまったのです。

成田緑夢さんが負った怪我は切断寸前だった!

左足の前十字靱帯と後十字靱帯の断裂に半月板の損傷という大けがで、医師からは「歩けなくなる可能性があります。もしかすると切断も。。。」

と告げられるも、父の隆史さんが「足は切らないでほしい」と懇願したんだそう。

左足の切断こそ免れたものの、入院期間は半年にもおよびその間4度の手術を受け、膝から下には麻痺が残りました。

左足を引きずってしか歩けないため、「もう競技としてのスポーツはやめよう」と思ったのです。

そんな成田緑夢さんに、新たなステージへと突き動かす転機が訪れました。

成田緑夢さんを復活へと突き動かしたもの

競技人生が一変した成田緑夢さんを突き動かしたもの、それは1通のSNSでした。

友人に誘われ、水上で技を繰り出すウェークボードをやってみて、スポーツの楽しさに改めて気付いた成田さんは、その後大会にまで出場するようになりました。

めきめき上達し健常者たちを退けて優勝すると、ある障害者の知人から「緑夢くんが頑張るのを見て、またスポーツをやってみようかなという勇気をもらった。ありがとう」といった内容のSNSが寄せられたのです。

そのメッセージを読んで驚いたといいます。

「自分がスポーツをすることで、人にこういう影響を与えることができるのか」と。

それから、自分自身がスポーツをする意味を考えるようになりました。

結果を出せば、障害のある人やけがで引退を迫られたスポーツ選手たちの夢や希望になれるかもしれない、そう思ったのです。

五輪は無理でも、パラリンピックがあるじゃないか!!!

こうして、平昌パラリンピックへ向けて本格的に取り組み始めました。

きっかけは1通のSNSと書きましたが、復活への本当の立役者は実はお父さんの隆史さんだったのではと私は思います。

ウェークボードをやる前に隆史さんから、実はこんな強制的なお誘いがありました!

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成田緑夢さんの復活はスパルタだった父のおかげ?!

父の隆史さんはとてもスパルタで厳しく、やるからにはとことんやるという性格。

隆史さんのご友人曰く「世の中の固定概念、常識が全くない方」なんだそう。

「ケガ人は安静に」という考え方がまったくない隆史さんから、退院から半年もたたないうちに、スキーへ誘われたのです。

「おいっ!スキーに行くぞ!」

「父が『やれ』って。ご存じの通り、父は昔から行きすぎているので。でも、父がいなかったら、自分ではもう一度やろうとは思えなかったから、いまは感謝しています」

常識からは常識の範囲内のものしか生まれないと私は思っています。

父親からのこの強制的なスキーの誘いがなければ、成田緑夢さんも今の姿があったのか。。。

誘う方も勇気がいったと思うんですよね。
だって、まだ足を引きずって歩いていた頃だったんですから。

また隆史さんは、「とりあえず練習の数をやれ。数をやったら何かを得ることができるんだ」という考え方の持ち主。

小さい頃からの長年の反復練習で身についたものは、「スポーツをする上で全競技に共通する体の使い方」でした。

スパルタだったかもしれませんが隆史さんの厳しい指導の元、小さな頃から体で覚えたこのコツがあったからこそ、障害を負ってからも日本代表レベルにまで復活できたんだと私は思います。

成田緑夢さんの今後の目標

見事復活を遂げた成田緑夢さんの今後の目標は、「夏と冬のパラリンピック出場、そして五輪への出場」を掲げています。

自分がスポーツをすることで誰かの励みになることを知った今、ほんとにやってくれそうです。

「障害を負ったとしても夢や希望を追い続けられるんだぞ」という力強いメッセージが、近い将来日本中に届きそうですね。

成田緑夢さんのこんな一面も!

今まで、成田緑夢さんの男らしい、素晴らしい面を述べてきましたが、こんな一面も!

 

Hiroshi Konnoさん(@momosaba0321)がシェアした投稿

お腹すきすぎるとこんなお顔になるらしいです! (笑)
後ろの方ね。

 

Hiroshi Konnoさん(@momosaba0321)がシェアした投稿

まったり~♪

ガクトさんに、ワールドカップ優勝祝勝会をして頂いたんだそうです。
とても嬉しそう♪

成田緑夢さんのまとめ

以前は健常者だったけど、事故や病気がきっかけで車椅子や義足歩行を余儀なくされた方が、スポーツで結果を出されているのを見ると、私は頭が下がります。

その通ってきた心情を想像すると、はたして私ならそういった生き方が選択できるのかなと。。。

無いものではなく有るものに目を向けて生きていきたいな、と改めて思わされました。

若干24歳の成田緑夢さん、これからどのような活躍を見せてくれるのか、楽しみでなりません。

平昌パラリンピック、応援してます♪

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